導入
生活保護の申請が通り、当面の生活が保障されたことで、
状況が一気に好転したかと言われると、正直そうではありませんでした。
ただ、少なくとも
「今日をどうやって生き延びるか」
という切迫感からは、少しだけ解放されました。
申請までの経緯については、前回の記事で書いています。
この記事では、生活保護を受け始めてからの日常について、
できるだけ正直に書こうと思います。
生活保護を受けて最初に変わったこと
生活保護の受給が決まった直後は、
当面の生活が保障されたことへの安心感からか、
かなりの時間を寝て過ごしました。
おそらく、うつ状態の中で、
限界ギリギリのところまで無理をして動いていたのだと思います。
張り詰めていたものが切れたような感覚でした。
食事は最低限、体を動かす余裕はなかった
食事は、本当に最低限でした。
食パンやカップ麺など、日持ちのするものを少し口にする程度です。
それ以外の時間は、ほとんど寝て過ごしていました。
この生活を、2週間ほど続けていたと思います。
起きている時間の過ごし方
それでは暇だったのでは、と思われるかもしれません。
けれど、起きている時間は、
テレビをつけるか、ケータイでネットサーフィンをしているうちに、
あっという間に時間が過ぎていきました。
うつ状態でエネルギーが極端に低下していたせいか、
刺激の強い番組は見る気が起きませんでした。
なぜか相撲中継や、NHKの教育番組を
ぼんやり流し見するくらいが、ちょうどよかったのを覚えています。
外出は最低限、買い物だけ
たまに体が動く日は、
生活必需品を買いに行くくらいでした。
昼間に買い物に出ても、
周囲から変な目で見られることはありませんでした。
それが、都会の良い点の一つだったと思います。
地元であれば、
昼間にうろうろしているだけで、
近所の人から噂が立つような環境でした。
そうした視線がないことは、
精神的にかなり助けになっていました。
時間の感覚がなくなっていた2週間
この2週間ほどは、
昼と夜の感覚がほとんどありませんでした。
起きられるときに起きて、
眠れるときに眠る。
ただ、それを繰り返していただけです。
気にしなければならないのは、
残りの食糧と、トイレットペーパーの残量くらいでした。
それ以外のことを考える余裕はなく、
休養を最優先にした期間だったのだと思います。
それでも湧いてくる焦りと感情
起きている時間には、
考えなくていいことまで考えてしまう瞬間もありました。
世間では、自分と同年代の人たちは働いているか、
大学などに通っている。
それなのに、自分は何をしているのだろう。
そんな焦りが、ふいに湧いてくることもありました。
布団に横になっていると、
理由もないのに涙が流れることもありました。
まるで、体と理性と感情がバラバラになり、
それぞれが勝手に動いているような感覚でした。
劣悪な住環境の中で
当時住んでいたアパートは、
今思えば、かなり劣悪な環境でした。
ゴキブリの巣にでもなっていたのか、
部屋にバルサンを焚いても、
翌日には普通にゴキブリが出てきます。
記憶では、1日に平均して3匹ほどは、
ティッシュに包んで処理していたと思います。
ある日は、
睡眠時間があまりに長かったのか、
眠っている間にゴキブリが脚に噛みついてきたこともありました。
また別の日には、
ゴキブリの卵から子ゴキブリが生まれる瞬間を目撃し、
その生まれたばかりのゴキブリを捕食する蜘蛛がいる、
小さな食物連鎖を見てしまったこともあります。
今振り返れば、正直、かなり悍ましい住環境です。
それでも当時の自分には、
それを受け入れて生活する以外の選択肢はありませんでした。
今振り返って思うこと
生活保護を受けていたこの期間は、
何かを成し遂げた時間ではありません。
けれど、
止まることを許された時間だったと思っています。
もし、あの時も無理に動こうとしていたら、
回復することはなかったでしょう。
何もできないように見える時間でも、
生き延びるために必要な時間は、確かに存在します。
まとめ
生活保護を受けていた日常は、
静かで、地味で、決して楽なものではありませんでした。
それでも、
追い詰められずに済んだ。
壊れずに済んだ。
今、同じように立ち止まっている人がいるなら、
その時間には意味があると、
この体験を通して伝えたいと思います。
生活保護を申請するまでの経緯については、
前回の記事で詳しく書いています。

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